【衝撃事件の核心】大阪府警OB、診療報酬詐欺の真相
(産経 2016.8.4 15:00)
「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」。
追い詰められた末に居直り、
強敵に立ち向かう弱者に出くわすことは
取材の現場でも珍しくない。
患者の治療をでっち上げ、
診療報酬をだまし取ったとして6月、
大阪府警に詐欺容疑で逮捕された
歯科医の男も
〝強敵〟にあらがうかのように
自らの悪事を逮捕前に告白した。
閉院した大阪市内の歯科医院を
★ 府警OBらに
乗っ取られて脅され、
やむなく不正を繰り返したというのだ。
その府警OBとは、
元警察官の経歴を武器に
企業絡みのトラブル解決で知られた人物。
脅し文句で他人の行動を操る手口は
実に巧妙だったというが、
出身母体の府警によって
歯科医とともに御用となった。
歯科医の男とは、
昨年10月まで
大阪市浪速区で
★ 歯科医院「賀川歯科医院なんば診療室」を運営していた
★ 医療法人「賀川歯科医院」(徳島市)の
★ 理事長、賀川幸一郎容疑者(45)。
府警元巡査部長で
経営コンサルタント、
★ 今野作治容疑者(56)らとともに、
なんば診療室を舞台に
診療報酬約14万円をだまし取ったとして6月末、
府警刑事特別捜査隊に逮捕された。
賀川歯科医院が
3月下旬に詐欺容疑で府警の家宅捜索を受けたとの
情報をキャッチして間もない4月上旬。
賀川容疑者に
取材を申し込むと素直に応じ、
徳島市内の喫茶店に現れた。
テーブルに肘をつきながら、
たばこを片手に自らの悪事をブチまけた。
「今野(容疑者)に
なんば診療室を乗っ取られていたのは
昨年7月から10月まで。
それ以前にも、数年間にわたり
数千万円規模の保険請求を行い、
不正受給をしていたが、
今野(容疑者)からも
不正受給を強要された。
やってもいない治療をカルテに記載し、
保険点数を水増しする手口。
あまり知られていないかもしれないが、
正直言ってどこの歯医者でもやっている。
警察にも事情を聴かれたから正直に話した」
取材初日で、飛び出したのが
今野容疑者の名前。
その名を呼び捨てにするたび、
賀川容疑者の顔に怒りの感情がにじみ出た。
賀川容疑者によると、
今野容疑者と出会ったのは
昨年初めごろ。
今野容疑者の顧問先である
医療コンサルタント会社と
賀川容疑者の間で、
平成26年秋ごろに起きた
不正請求をめぐるトラブルが原因だった。
賀川容疑者は当時、
自らの保険証のコピーを医
療コンサルタント会社役員で
一連の詐欺事件の〝指示役〟
平井雄大容疑者(34)=詐欺容疑で逮捕=が
運営していた整骨院側に提供した。
ところが、平井容疑者側が
大阪の整骨院で賀川容疑者の保険証を
不正請求に使用したのと同じ日、
賀川容疑者が徳島市内で
ぎっくり腰の治療を受けたため、
診療報酬の二重請求が発覚したという。
賀川容疑者によると、
平井容疑者側からは
「厚生局にバレて整骨院が廃業に追い込まれた。
責任を取れ」などと、金銭を要求され続けた。
そこに登場したのが今野容疑者だった。
賀川容疑者は、
今野容疑者について
「すごみのある話し方で、
『警察に顔が利く』などと言われた。
自分も不正をしていたので
逮捕されるかと思うと、
基本的には指示に従うしかなかった」
と振り返った。
さらに昨年7月、
今野容疑者は
平井容疑者とともに、
なんば診療室に乗り込んできたという。
「いきなり『いのり歯科医院』などと
屋号を変更され、
平井(容疑者)の知人らが
スタッフとして乗り込んできた。
それまで働いていた歯科衛生士らは
ビビって辞めてしまった」
捜査関係者によると、
平井容疑者のグループは
架空患者約100人分の保険証を持ち込み、
昨年7月から同10月までの約3カ月間、
主になんば診療室で架空請求を繰り返した。
自治体などから詐取した診療報酬の総額は
約600万円超に上るという。
賀川容疑者は
「今野(容疑者)が大まかな指示を出し、
実務は平井(容疑者)が中心となって
やっていたようだ」とし、
その巧妙な手口を明かした。
「不正に使った架空患者は
平井(容疑者)の知り合いや身内だった。
保険証を不正に用いる前に
一度来院させてレントゲン撮影し、
歯の状態を確認する。
もし仮に前歯のない患者に
前歯を治療したとウソをついて
診療報酬を請求すれば、すぐにバレるから」
平井容疑者側のスタッフが
カルテを作成し、
賀川容疑者は
請求前にカルテを最終チェックする
という流れだったようだ。
それにしても、なぜ自らの不正関与を
記者の前で明かすのか。
ここで賀川容疑者は
「業務提携契約書」という書類を示した。
今野容疑者側が
歯科医院の経営権を握り、
口座を管理することなどが記されている。
契約書は最終的に締結に至らなかったが、
文書の内容は今野容疑者側による
医院の「乗っ取り」を示唆していた。
「警察にも被疑者は私だといわれている。
『先生が一番悪いですよ』と。
それでも求められた資料は提出している。
僕は警察の『協力者』でもある立場だが、
僕もパクられる(逮捕される)かもしれない。
今野(容疑者)や平井(容疑者)は
不正に関与していないと言ってるんでしょ?
そんなわけない。
今、僕は徳島で別の歯科医院もやっているけど、
経営は火の車でカネにも困っている。
そうした中で僕一人がブタ箱(留置施設)に入るの?
絶対に許せない」
今野容疑者は逮捕前、
大阪市内で産経新聞の取材に
複数回応じた。
記者の質問には丁寧に答えたが、
椅子(いす)にふんぞり返る姿に
反省の様子はなく、賀川容疑者に矛先を向けた。
「昨年初めごろ、平井(容疑者)から
賀川(容疑者)とのトラブル処理を頼まれて、
賀川(容疑者)に『払うものは払え』とは言った。
ところが賀川(容疑者)は
歯科医院の運転資金がないと言ってきて、
それで昨年7~9月に平井(容疑者)と一緒に
350万円ほど貸してやった。
不正請求に関与? そんなん全く私は知らない」
そこで、賀川容疑者から入手した
業務提携契約書を示し、
改めて不正関与について見解を尋ねた。
「この書類は見たことがない。
平井(容疑者)が作ったのと違うか。
私は知らない」と答えつつ、
話の筋道を変えて語気を強めた。
「貸したカネを返してもらうときに
賀川(容疑者)と大げんかになったんや」
大げんかとは昨年10月21日、
賀川容疑者が不正に得た診療報酬
計約300万円を引き出した際の
「強盗騒動」のことだ。
賀川容疑者がなんば診療室の近くで、
取引先の女性に現金を渡したが、
駆けつけた今野容疑者が
女性の車の中にまで手を伸ばして
現金を強引に持ち帰ったため、
女性側が110番する騒ぎになった。
関係者の間では〝ナニワ事件〟と呼ばれている。
「車にはチンピラと詐欺師が乗っていた。
賀川(容疑者)がチンピラに
カネを取られたと言うから
取り返しに行っただけ。
チンピラが警察を呼んで
パトカーが5台も6台も来たけど、
強盗ではないと警察も分かったから、話は終わった」
今野容疑者は
自らの主張を得意げに述べ、
さらにヒートアップしていった。
「それでも賀川(容疑者)は
『(女性側から)融資が受けられなくなった。
困ってるんや』とか何とか言うから、
『こらポン中(覚醒剤中毒者)!
誰を脅してるんや』と言うたったんですわ」
捜査関係者によると、
このナニワ事件が、
今回の詐欺事件に府警が捜査のメスを入れるきっかけだった。
今野容疑者は
曽根崎署刑事課で
暴力団捜査を担当していた平成14年、
業者から飲食接待を受けるなどして
減給処分となり、
府警を依願退職した。
その後、「府警OB」の
経歴を前面に押し出して
経営コンサルタントに転じ、
顧問先企業のトラブル処理などを
請け負っていたとされる。
元府警幹部は
「民間業者との不適切な関係など、
疑惑やうわさがつきまとっていた人物だった。
階級は下から3番目の巡査部長だったのに
署長室に自由に出入りしていた。
それを許した当時の署長も問題だが、
当時の曽根崎署は
ほかの不祥事が浮上するなど
完全に風紀が乱れていた」と振り返る。
トラブル処理で
今野容疑者と付き合いのあった男性は、
今野容疑者について
「たびたび『府警OB』であることを口にし、
脅しとも受け取れる言葉で
トラブルの交渉に臨んでいた。
現役の警察官の名刺を見せられたこともあった。
素人は(今野容疑者の)意向に従わなければ、
府警からにらまれてしまうのではないかと不安を抱いてしまう。
『府警OB』とはまさにカネになる経歴だ」と切り捨てた。
複数の関係者によると、
賀川容疑者が
今野容疑者らとともに不正に手を染めた理由の一つは、
昨年夏までに賀川容疑者の資金数千万円以上が
別の経営コンサルタントの男に流れ、
賀川容疑者が資金難に陥ったためだともされる。
男は今野容疑者らとも
歯科医院の運営をめぐり協議していたもようで、
府警は8月1日、男と行政書士事務所を運営していた
★ 府警元警部補の小川光正容疑者(68)を
ともに逮捕した。
小川容疑者は殺人など凶悪犯罪を担当する
捜査1課に通算22年在籍し、大阪府熊取町で15年、
当時小学4年だった吉川友梨さん(22)が
行方不明になった事件も捜査した元刑事だった。
捜査関係者によると、
逮捕された歯科医院のスタッフのうち
10人程度は
「(不正は)今野容疑者らの指示だった」
などと供述しているという。
今野容疑者自身は
不正の詳細を供述していないとみられるが、
その態度に別の元府警幹部が怒りをあらわにする。
「今回の事件のおかげで
府警の信用が傷ついたことは間違いない。
一部の不良OBのおかげで、
ほかのOBが白い目で見られることもある。
現役時代には被疑者に素直に罪を認めるよう
取り調べを行った経験もあるのだから、
自らの罪はきちんと認めるべきだ」
逮捕直後に大阪地検に身柄を移された際、
今野容疑者を乗せた捜査車両が
報道陣のカメラに捉えられた。
だが、フラッシュを浴びる
と両手で顔を覆って腰をかがめてしまい、
逮捕前の堂々した面影は消えていた。
転載元: アッチョンブリケ総研