新日鉄住金の爆発事故で、本田宗一郎の名言「安全なくして生産なし」を思い出した。
9月3日、新日鉄住金の名古屋製鉄所で今年に入って5回目の事故が発生した。過去4回はいずれも火災や黒煙の発生で負傷はいなかったが、今回は爆発を伴い、15人が重軽傷を負ったとのことである。
事故の原因は、施設の老朽化や、熟練技術者の退職なども原因ではないかと言われているが、なぜ立て続けにこのような事故が起きたのかについて、同社の進藤孝生社長は次のように見解を示している。
各論を述べれば専門的な話になってしまうが、その前に、事故を防ぐための根本対策として温故知新で学ぶべきなのは、故本田宗一郎氏の名言「安全なくして生産なし」ではないだろうか。
「安全なくして生産なし」とは、安全が確保できない状況においては、どんなに生産の必要性があっても生産すべきではないし、どんなに生産効率がアップするような方法があったとしても、それが安全でないならば採用すべきではないという、安全は生産効率やコストに優先する、という考え方である。
実は、私は社会保険労務士として独立する前は、本田技研グループの会社で働いていた。グループ各社の工場には、「安全なくして生産なし」と書かれた横断幕やプレートが高々と掲げられていたことを覚えている。新入社員研修のときには、座学でもこの言葉の重要性を教えられたものだ。
そして、不幸にも生産現場で労災事故が発生してしまった場合には、たとえ切り傷や打撲であったとしてもレポートが作成され、社内で閲覧されたり、安全衛生委員会で討議されたりしていた。徹底的に原因を究明し、再発防止策を施すのだ。そのレポートは製作所の所長が最終確認を行い、まさに現場からトップまでが一丸となって安全対策に取り組んでいた。
「安全が確保できなければ生産はしない」ということが徹底されていれば、多くの労災事故を防ぐことができるし、万一発生してしまった場合でも、重大な結果につながることを防止することができると私は実感したものだ。
トヨタ自動車グループでも、トヨタ生産方式では、標準作業の徹底を重視するが、これは品質確保だけではなく、作業者の安全の確保にも貢献している。標準作業を定める際、その作業の安全性も検証がされるからだ。トヨタ自動車グループの会社で労災事故が起きると、「被災者は標準作業どおりに仕事をしていたのか」ということがまずは調べられるそうだ。
逆に、「安全なくして生産なし」が徹底されていない工場では何が起こるかということも説明しよう。
一般に製造業の工場では生産効率が重視され、この製品を1時間に何個生産しなければならない、といったような目標が定められている。また、消耗品やメンテナンスかかる費用なども予算枠が定められ、厳しく原価管理がなされているのが通常だ。
生産効率が目標値を達成できなければ、叱責を受けたり人事評価を下げられたりするので、現場作業者は安全を犠牲にしてでも、生産効率を上げようとするのが人情である。
また、予算に対しても、数字だけが一人歩きして、「危険な箇所が見つかっても、修繕費が予算オーバーだから見送る」という本末転倒なことにもなりかねない。
つまり、効率やコストを優先した裏返しとして、安全がおのずから軽視されていくということだ。
だからこそ、「安全なくして生産なし」を、現場からトップまでがしっかり認識して、現場がラインを止めたとき、トップは「何故止めたんだ、バカヤロー!」ではなく「なにか危険なことがあったのか?」と声かけをするような社風を作らなければならない。
もっと言えば、たとえ生産効率が一時的に下がったとしても、安全に貢献した人が正当に評価されるような仕組みを経営者が作らなければならないということだ。
現場の人たちが、安全に関する懸念があれば、安心して生産ラインをストップさせ、安全を守るためにはこれだけの生産数しか無理、と言える環境を作ってこそ、労災事故を防ぐことができる。
過去の重大事故を振り返っても、例えばJCOの東海村での臨界事故は、作業手順を無視して効率を上げるために、バケツでウラン溶液を加工していたことが事故の原因であった。
効率やコストを優先させた結果、事故が起こってしまったら、工場の操業停止による売上減、風評のよる顧客離れ、被災者や遺族への補償等、会社も結果的に高い代償を支払うことになってしまう。
それならば、最初から「安全なくして生産なし」を徹底するほうが、効率面やコスト面においても最善な結果につながるのではないだろうか。実際、本田技研は「安全なくして生産なし」を現在まで守り続けながら世界有数の企業に成長したのだから、考え方の正しさを証明する動かぬ証拠ではないだろうか。
■事故原因は運営面の課題
事故の原因は、施設の老朽化や、熟練技術者の退職なども原因ではないかと言われているが、なぜ立て続けにこのような事故が起きたのかについて、同社の進藤孝生社長は次のように見解を示している。
進藤孝生社長は4日、記者団に対し「マネジメントの問題であろうと認識している」と述べ、老朽化や人員構成などの構造的な要因ではなく、同製鉄所の運営面で課題があったとの考えを示した。「運営面の課題」とは、具体的にどのような課題を指しているのかは触れられていなかったが、上記記事の中で、名古屋製鉄所の粗鋼生産高は過去最高を記録したということが書かれていたので、おそらく、生産拡大に対して、安全対策や環境整備が追いついていなかったのではないだろうかと私は推測している。
(2014/9/4 毎日新聞)
■安全なくして生産なし
各論を述べれば専門的な話になってしまうが、その前に、事故を防ぐための根本対策として温故知新で学ぶべきなのは、故本田宗一郎氏の名言「安全なくして生産なし」ではないだろうか。
「安全なくして生産なし」とは、安全が確保できない状況においては、どんなに生産の必要性があっても生産すべきではないし、どんなに生産効率がアップするような方法があったとしても、それが安全でないならば採用すべきではないという、安全は生産効率やコストに優先する、という考え方である。
実は、私は社会保険労務士として独立する前は、本田技研グループの会社で働いていた。グループ各社の工場には、「安全なくして生産なし」と書かれた横断幕やプレートが高々と掲げられていたことを覚えている。新入社員研修のときには、座学でもこの言葉の重要性を教えられたものだ。
そして、不幸にも生産現場で労災事故が発生してしまった場合には、たとえ切り傷や打撲であったとしてもレポートが作成され、社内で閲覧されたり、安全衛生委員会で討議されたりしていた。徹底的に原因を究明し、再発防止策を施すのだ。そのレポートは製作所の所長が最終確認を行い、まさに現場からトップまでが一丸となって安全対策に取り組んでいた。
「安全が確保できなければ生産はしない」ということが徹底されていれば、多くの労災事故を防ぐことができるし、万一発生してしまった場合でも、重大な結果につながることを防止することができると私は実感したものだ。
トヨタ自動車グループでも、トヨタ生産方式では、標準作業の徹底を重視するが、これは品質確保だけではなく、作業者の安全の確保にも貢献している。標準作業を定める際、その作業の安全性も検証がされるからだ。トヨタ自動車グループの会社で労災事故が起きると、「被災者は標準作業どおりに仕事をしていたのか」ということがまずは調べられるそうだ。
■なぜ安全が軽視されてしまうのか
逆に、「安全なくして生産なし」が徹底されていない工場では何が起こるかということも説明しよう。
一般に製造業の工場では生産効率が重視され、この製品を1時間に何個生産しなければならない、といったような目標が定められている。また、消耗品やメンテナンスかかる費用なども予算枠が定められ、厳しく原価管理がなされているのが通常だ。
生産効率が目標値を達成できなければ、叱責を受けたり人事評価を下げられたりするので、現場作業者は安全を犠牲にしてでも、生産効率を上げようとするのが人情である。
また、予算に対しても、数字だけが一人歩きして、「危険な箇所が見つかっても、修繕費が予算オーバーだから見送る」という本末転倒なことにもなりかねない。
つまり、効率やコストを優先した裏返しとして、安全がおのずから軽視されていくということだ。
だからこそ、「安全なくして生産なし」を、現場からトップまでがしっかり認識して、現場がラインを止めたとき、トップは「何故止めたんだ、バカヤロー!」ではなく「なにか危険なことがあったのか?」と声かけをするような社風を作らなければならない。
もっと言えば、たとえ生産効率が一時的に下がったとしても、安全に貢献した人が正当に評価されるような仕組みを経営者が作らなければならないということだ。
現場の人たちが、安全に関する懸念があれば、安心して生産ラインをストップさせ、安全を守るためにはこれだけの生産数しか無理、と言える環境を作ってこそ、労災事故を防ぐことができる。
過去の重大事故を振り返っても、例えばJCOの東海村での臨界事故は、作業手順を無視して効率を上げるために、バケツでウラン溶液を加工していたことが事故の原因であった。
■結び
効率やコストを優先させた結果、事故が起こってしまったら、工場の操業停止による売上減、風評のよる顧客離れ、被災者や遺族への補償等、会社も結果的に高い代償を支払うことになってしまう。
それならば、最初から「安全なくして生産なし」を徹底するほうが、効率面やコスト面においても最善な結果につながるのではないだろうか。実際、本田技研は「安全なくして生産なし」を現在まで守り続けながら世界有数の企業に成長したのだから、考え方の正しさを証明する動かぬ証拠ではないだろうか。
今年に入って5回のトラブル…対策後手と自治体疑念 施設老朽化も背景か
爆発事故があった新日鉄住金名古屋製鉄所=3日午後4時37分、愛知県東海市で共同通信社ヘリから
【新日鉄住金爆発事故】一連トラブル原因言及せず 深々と謝罪も「調査したい」繰り返す

愛知県東海市の新日鉄住金名古屋製鉄所は今年に入り5回のトラブルを繰り返し、3日には爆発事故を起こした。同社は地元自治体や地域住民に再発防止を約束していたが、対策が後手に回っていたとの疑念は拭えず、自治体からは疑問の声が上がった。
大村秀章知事は7、8月、相次ぐトラブルを受けて同社の柳川欽也副社長や酒本義嗣所長を県庁に呼び、原因究明と再発防止を直接要請。東海市も安全管理の徹底を求めた。同社は設備を総点検するほか、黒煙発生につながった停電を防ぐ対策を取ると説明したばかりだった。大村知事は3日の事故を受け、記者団の取材に「大変深刻な事態だ。施設が老朽化しているのではないか。きちんと設備投資をしたのかと疑わざるを得ない」と同社を痛烈に批判。東海市の近藤福一副市長も「施設の更新、修繕をしっかりしてほしい」と苦言を呈した。
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2014年9月3日
【動画】新日鉄住金名古屋製鉄所で火災=山本正樹撮影
3日午後0時40分ごろ、愛知県東海市の新日鉄住金名古屋製鉄所から「火災が発生している」と119番通報があった。現場近くにいた社員ら15人が顔などにやけどをし、うち5人が重傷。県警によると、鋼板を作る過程で使用する石炭が何らかの理由で急激に燃え広がったという。
製鉄所では、今年1月と6、7月にも、石炭からコークスをつくる「コークス炉」から黒煙が噴出するトラブルが計4回あった。いずれも製鉄所内で起きた停電が原因だったが、なぜ停電したのかを解明できないまま生産再開を優先させていた。
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2014.11.25 11:33
停電の影響で煙を上げる新日鉄住金名古屋製鉄所=1月17日、愛知県東海市【拡大】
新日鉄住金は25日、名古屋製鉄所(愛知県東海市)で今年に入り、黒煙が大量に発生するトラブルが相次いだことについて原因と再発防止策を公表し、鈴木淳雄東海市長に報告した。
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同社は、停電によりコークス炉で発生した一酸化炭素(CO)ガスを処理できなくなり、黒煙が出たなどと説明していた。
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25日午後には愛知県の大村秀章知事にも原因などを説明する。